大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1368号 判決 1964年1月22日

控訴人 峯広吉

控訴人 峯ヤスヱ

右両名訴訟代理人弁護士 尾山尚介

被控訴人 西本藤市

右訴訟代理人弁護士 山中康雄

主文

原判決中主文第一項を取消し、被控訴人の控訴人らに対する右部分の請求を棄却する。

原判決中その余の部分に関する控訴(主文第二項に対する控訴人ヤスヱの控訴)を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人と控訴人広吉の間においては被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人ヤスヱとの間においては被控訴人において生じた費用を二分し、その一を控訴人ヤスヱの負担とし、その余を各自の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原判決主文第一項掲記の建物(本件貸家という)が被控訴人の所有に属すること、被控訴人が右建物を昭和二〇年五月一七日控訴人峯広吉に期限の定めなく賃貸し、同三一年四月一日現在の賃料が一ヶ月金一、六八〇円であること、同年二月頃控訴人広吉は妻である控訴人ヤスヱ名義を以て主文第二項掲記の建物(以下本件店舗という)を建築し、控訴人ヤスヱが右店舗を所有してそこで食料品を販売していることは当事者間に争がない。

二、本件店舗収去請求についての判断。

≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人広吉が本件店舗を控訴人妻ヤスヱとはかり同人名義で設置するに当り、控訴人ヤスヱは事前に吉野ミツと共に先づ家主たる被控訴人方を訪れ、息子が病気で生活の資にも事欠く窮状を訴えて、食品販売用店舗設置の企てを打明け許しを求めたところ、被控訴人よりとても商売の利くようなところでないからあきらめるようすすめられ、なお借地であるから地主の承諾を要するから自分一存では応じられない、と婉曲にことわられたが、控訴人ヤスヱ等はその場に居合せた被控訴人の息子昤太郎から地主寺田伴嗣の住所の教示を受けて同人方に赴き交渉したところ、自分はあの場所(本件貸家のある場所)は被控訴人に貸したもので、控訴人ヤスヱに二重貸しはできないから、被控訴人と相談して賃借されたらどうか、との温情ある返事を得た。そこでヤスヱとしては被控訴人に再び交渉して被控訴人の明示又は黙示の承諾を得べきに拘らずこれを得ないまま控訴人ヤスヱは地主家主共異議のないものと早合点し、本件店舗を設置したところ、完成後昭和三一年三、四月頃前記昤太郎が、控訴人ヤスヱに対し、この店舗を被控訴人の所有名義とし控訴人広吉において賃借すること、被控訴人または地主より撤去申出があつたときは一ヶ月以内に無条件明渡すことなどの約旨を記載した乙第二号証に調印差入れるべきことを要求したが、ヤスヱが拒否したので被控訴人は硬化し、遂に本訴が提起せられた事実を認めることができる。右認定に反し被控訴人が本件バラツク建築を許可した旨の原審及び当審証人吉野ミツの証言部分、同控訴人両名本人の供述部分、並びに地主または家主に於て明確に店舗設置を拒否した旨の原審(第二回)及び当審審人寺田伴嗣、原審証人西本昤太郎の各証言部分、原審及び当審における被控訴本人の供述部分はいづれもたやすく信用し難い。以上の認定によれば、控訴人ヨシヱはこれを要するに家主に行けば地主に行けといわれ地主に行けば家主に相談せよといわれたのであつて、両者のいずれからも許諾を得ることなく本件店舗の設置をしたもので、この建物の所有は地主に対してその敷地の不法占有であることは当然であり、その所有者である控訴人ヤスヱにおいて地主寺田伴嗣に対しこれを撤去する義務があり、家主たる被控訴人に対しても賃借物件の管理義務に違背すること後に説明する通りであるから、土地賃借人たる被控訴人が賃借権保全のため右寺田の権利を代位してこれが撤去を求めるのは理由がありこれを認容する。

三、本件貸家明渡及び金員請求についての判断。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、控訴人広吉は本件貸家を賃借するに際し、被控訴人の承諾なくして右建物の構造変更或は造作加工等をしないこと、賃借物件を第三者へ転貸し又は賃借権を譲渡し或は他人を同居せしめる等の行為をしないこと、及び賃料の支払を一度でも遅滞したとき又は同控訴人が契約上の義務に違反したときは、催告なくして即時賃貸借契約を解除せられても異議のないことを約していた事実を認めることができる。

(二)  被控訴人は、(イ)控訴人ヤスヱ名義で本件店舗を無断設置したことは右契約違背であり、(ロ)控訴人広吉は昭和三一年三月より賃料の支払をしないので、本件賃貸借契約上の前記約定に基き同年八月一七日控訴人等方で契約を解除する旨の通知をした。(ハ)控訴人等は賃貸借当時は夫婦として居住していたが、昭和二五年七月頃事実上離婚して控訴人広吉は本件貸家より退去した。これは無断で賃借権を控訴人ヤスヱに譲渡したものだから昭和三四年一一月一一日の口頭弁論で契約を解除した。(ニ)控訴人広吉は前記賃貸借条項に反し本件貸家に訴外渡部孝子外二名を次々に同居させたから昭和三六年一一月一一日の本件口頭弁論において賃貸借契約を解除する旨主張するので以下順次判断する。

(三)  およそ建物の賃借人はその建物に附属する敷地につき使用権を有することは当然であるところ、この使用権は建物賃借権に従属するものであり、この建物を用法に従つて使用する範囲内に限定せられるものであるから、みだりにその敷地内に工作物を設置するが如きことは、それが社会通念上許容せられる範囲を逸脱するとき、本件賃貸借に見るが如き建物の構造変更造作加工禁止条項の趣旨に反するとともに、賃借人の賃借物管理義務違背ともなり、場合によつては契約解除の原因ともなると解すべく、而して右敷地上の工作物設置が賃借人の義務違背となるかどうかを決定する標準としては、賃借家屋使用目的とのけん連関係、設置物の用法上または位置構造上の関係から母家に損傷を与え、延焼の危険を増大し、腐朽の時期を早めるなどの関係、工作物撤去の難易、設置についての家主との交渉の経過など諸般の状況から判断すべく、なおこれの設置が賃貸人に対し義務違背となる場合においても更にこの義務違背に基き賃貸人に賃貸借契約解除権が発生するかどうかは、これまた別箇の更に慎重なる検討を要するところであるとせねばならない。蓋し家屋賃貸借契約の如き継続的契約の解除においては、賃借人とその家族は多年の生活の本拠を一挙にして覆滅せられ、忽ち路頭に迷う外なき状勢に追いやられる虞なしとしないから、賃借人としての義務違背の責任を追及することもさることながら、それが軽微である場合に於ては、当該義務違背の効果も必しも一義的に決せられるべきでなく、賃貸人において義務違背状態の除去及び損害賠償などを以て満足すべく、当該程度の義務違反で契約解除権までを認めるのは賃借人にとつて酷にすぎる場合なしとしないからである。本件についてみるに、(イ)控訴人ヤスヱが本件店舗を設置するに当り、被控訴人及び地主寺田伴嗣より結局その許諾を得られなかつたものの事前に右両名に対しその許可を求めに行き両者の婉曲な拒否を自己に有利に解したものなること前認定の通りであり、(ロ)≪証拠省略≫を綜合して考えると、本件貸家は住宅であるが、控訴人等はその二男英雄(控訴人ヤスヱは原審及び当審においてこの者を長男と供述している)が肺結核のため長期入院の末、保険期間が切れ自宅療養の外なく、且つ控訴人ヤスヱは、右二男の病気のため生活費にも窮し、出稼ぎをしようとしても看護の必要上それもできず、やむなく内職程度のものではあるが、本件店舗を設けて収入の増加をはかるのやむなき状態となつたので、本件貸家の敷地と貸家の前面(南側)の道路との間の空地に本件店舗を設置したものであること。店舗の構造は間口約二間奥行約一間で、控訴人ヤスヱが昭和三一年二月四日付で確認通知を受けたものであるが、右申請に当り、ヤスヱは地主より借地権の設定があるから支障がない旨、また構造は木造二階建防火建築、外壁はモルタル塗厚さ二糎、主要用途は専用住宅、工事の種別は増築なる旨虚偽の申請書を提出したが、実際は増築ではなく全くの新設であり、構造は一階建、外壁と屋根はトタン波板、内部はベニヤ板を張り、柱は三寸又は三寸五分角のものを母屋との接合点には一寸三分角の木を用い、三吋の釘十数本を以て本件貸家前面に密着させたいわゆるバラツク建に類するもので、収去することは極めて容易、母屋にさしたる損傷も与えて居らず、母屋の通風採光排水にもさ程の影響を与えるものでもなく、これが特にその腐朽を早めるほどのものといえず、表道路は巾員広く近所も建込んだ状況でなく、特に延焼の危険を増大する虞もないこと。控訴人ヤスヱの本件店舗における営業は内職的小規模のパンやミルクを細々と販売する程度のもので火気を誘い、震動、煤煙、騒音等を惹起する虞もないこと。以上の事実を認定することができる。(ハ)右認定事実によれば、控訴人広吉が妻ヤスヱの所有として本件店舗を設置するに付き地主又は家主の承諾がないのに、設置に当つたヤスヱにおいて、承諾があつたものと早合点して本件店舗を虚偽の確認申請書提出の上確認を受け、本来の本件貸家の用方を越えて、小規模といえども店舗を経営し、その位置も家屋表部分でいささか風致を損ねている点において、家屋賃借人たる控訴人広吉の敷地利用権の範囲を逸脱しその賃借物管理義務(前記本件契約条項には貸家そのものの構造の変更造作加工等を禁じた部分があるが、本件店舗は新設であつてこの条項に正面からは違背しないが、その精神には反する)に違背したもので、広吉においてもとよりその義務違背の責を免れることをえないのは当然であるが、前認定のような本件店舗設置の動機、経過その構造(収去の容易、危険のないこと、母屋に損傷を与えていない点)などから義務違背は極めて軽微であると判定すべく、この義務違背によつて被る被控訴人の損害はとるに足らぬ程のものである(地主寺田においては店舗設置の許否を被控訴人の意思に任したこと前認定の通りであり且つ、被控訴人において本件店舗の除却に努め、勝訴判決をえて、その除去を全うする限り、土地賃借人としての義務違背の責任を問われる筋合でもない。)に反し、解除されたことによつて被る控訴人広吉及びその妻子の苦痛の甚大なるに鑑み、被控訴人としては本件店舗の収去と若しこの設置による損害があるならばその損害の賠償を求めうるにすぎぬものであつて、このような場合賃貸借契約解除権の発生は否定せられる外ないものと解する。そして右の如き解除権の制限は、継続的契約関係における信義則の支配によるものであるから、前記甲第一二号証本件賃貸借契約条項を以てしても左右することをえないものと解される。

(四)  ≪証拠省略≫を綜合すると、昭和三一年二月初旬頃被控訴人の長男昤太郎が、家賃集金のため本件貸家に臨み、店舗設置の事実を発見して前記乙第二号証に調印を求めたが、控訴人ヤスヱにおいてこれに応じなかつたため喧嘩分れとなり、その後被控訴人は従来取立てていた賃料の取立をせず且つ受領拒絶の意思を示すに至つたので、控訴人側では賃料を提供するも拒絶せられることが明らかであると察し、賃料は同年二、三月分を同年四月一一日に次で同年四、五月分を同年五月一二日、同年六、七月分を同年七月一七日に、同年八、九月分を同年九月二七日に各弁済供託した事実が認められるのであるから、右供託は有効と解すべく、被控訴人が解除の意思表示をしたと主張する同年八月一七日には遅滞がなかつたものというべきである。もつとも前記甲第一二号証によれば、賃料は月末持参払と定められておるにかかわらず、控訴人広吉において各月末に持参提供したことは勿論各月末に言語上の提供をしたことすらこれを認めるに足る証拠はないけれども、右認定の如く被控訴人において受領を拒絶した以上、たとい控訴人広吉が賃料の支払の提供をしたとしても受領しないことが明らかであるから、提供のない故を以て控訴人広吉に対し賃料支払につき遅滞の責を問うことをえず(最高判昭和二三年一二月一四日民集二巻四三八頁)、よつて賃料不払を理由とする解除の主張は理由がない。

(五)  被控訴人は、控訴人広吉がその妻たる控訴人ヤスヱに本件貸家の賃借権を無断譲渡したと主張するが、かかる事実を認むべき証拠はない。たとい控訴人広吉が他に情婦を有しその方に入浸り本件家屋を留守にしたとしても、その正妻たる控訴人ヤスヱ、息子たる英雄等が、控訴人広吉の賃借権を援用して本件貸家に居住するの権限を失う理由はない。≪証拠省略≫によれば、被控訴人主張の各訴外人が主張の期間本件貸家内に住民登録をしていたもので、控訴人等はこれらの者を同居させたことが認められるが、他面乙第七乃至第九号証と右控訴本人の供述によれば、これらの者はヤスヱの実弟、または実姪であり、かかる近親の者を一時同居させることは、親族間の情宜上当然のこととして社会通念上許される行為であつて、これが前記賃貸借条項にいうところの、他人を同居せしめる行為には該当しないものと解すべく、被控訴人の無断転貸、無断同居を理由とする解除の主張は到底採用の限りではない。

以上いずれの事由による解除も失当であるから被控訴人は控訴人等に対し本件貸家の明渡しを求めることを得ず、被控訴人の右請求は理由がない。また被控訴人の請求する昭和三一年四月以降同年八月一七日(解除の日)までの賃料は有効に供託済なること前認定の通りであり、解除後の損害金の請求は、解除が無効なる以上これを認容する由なきこと勿論である。

四、結論

よつて被控訴人の控訴人らに対する本件家屋の明渡請求並に控訴人広吉に対する金員請求は失当で、これらを認容した原判決主文第一項の部分は失当であるからこれを取消し、右部分の被控訴人の請求を棄却すべく、控訴人ヤスヱに対する本件店舗の収去請求部分は正当であるからこれを認容した原判決主文第二項は相当で、同控訴人の控訴は右部分に限り理由がないからこれを棄却すべきものとする。よつて民事訴訟法第三八四条第三八六条第九六条第九二条第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 井上三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例